今よりもずっと小さな頃は、世界のしくみを考えることもなく、ただただ笑っていた。
この世界がそれほど優しいものでないことを改めて思い知ったのは、大好きな養父が死んでしまったとき。
いい子にするから。神様でもサンタクロースでもいい、マナを生き返らせてほしかった。
やってきたおじさんは赤い服も着ていなかったし、白いお髭もなかった。茨の冠をかぶっているわけでも、その背中に大きな羽が生えているわけでもない。
それでもたしかに言ってくれたんだ。願ってやまなかった言葉を。
だから僕は何日かぶりに(実際にはそんなにはたっていなかったのだけど、なにしろマナがいなくなって以来刻むのを止めた僕の時計ではそのくらい長く感じられたのだ)微笑むことができた。
*
ひらり、ひらり、雪が舞う。
窓の外では雪が踊っている。ティキはその様子を眺めながら早足で歩く。
どうせならこんなすぐに消えてしまう、儚さを覚えるものでなく、もっとどかどかと乱暴に降り積もるものでよかったのに。
ああ、でも一面の銀世界に埋もれてしまうような白を見るのも気に食わない。
ティキはてっとり早く焦燥の原因を取り除こうと白い吐息をついた。
「アレン!」
バルコニーの扉を開ける。施された細かな細工は何の意味も成さない。とたんに吹きすさぶ雪まじりの凍えるような風。
びゅおお、と風は鳴り止まないが張り上げた声はどうやら届いたらしい。バルコニーでひとり、ひっそりと佇んでいたアレンがゆっくり振り返った。
白い髪、白い肌、真っ白なコート。まったく、千年公も悪趣味だ。瞬くような銀の眼がティキをとらえて微笑む。いったいどのくらいここにいたのだろう。
「おかえりなさい」
ティキはゆっくり距離を縮めて、黒い手袋を嵌めた手で白い頭の上にうっすらと積もった雪をはらった。思わず眉間にシワを寄せるとアレンは困った顔をした。
アレンの唇はすっかり青くなってしまっている。ティキはマフラーを外してアレンの首へぐるぐると巻いた。
「説教は後でな。中に入ろう」
ためらうアレンの手を引いて歩く。てっきりついてくるものだと思ったが、くんっと軽く引っ張られた。
アレンはティキの顔を見上げて、うつむく。何か言いたいときのアレンの癖だ。
「どうした?」
促すように髪を梳く。温度を伝えることを拒む手袋を外して、よしよしと撫でてやれば、固い表情がゆるんだのがわかった。
「・・・・世界のはじまりを、見ていたんです」
突拍子のないセリフ。ティキは口を挟まずに冷えきって固まってしまった白髪を解いていった。
「ちょうどこんな日でした。僕がティキたちと家族になったのは」
「ああ、覚えてる」
「いっぺんにたくさん家族ができて、嬉しくて、でも少し切なかった。ずっと兄弟に憧れていたから。・・・・・マナには後ろめたかったけど」
「うん」
「でもね、その愛すべき家族たちは世界を正す人で、でも僕は何も出来なくて。思えば、僕はマナにも何も返せなくて、それどころか苦しめてしまったから」
別に悲観的になってるんじゃないですよ、と付け加えてアレンは言葉を紡いだ。(そのときの悲しそうな笑みはティキにはとても美しく見えた)
「僕は、何のために生まれてきたんだろう」
小首を傾げるアレンに、いやにはっきりとティキは断言した。
「愛されるためさ」
あんまりきっぱりと言い切るから、アレンは思わずまんまるの目でティキを見つめる。
「ティキに?」
「いや、オレだけにだったら良かったんだけど」
くしゃ、と大きな手が髪を撫ぜる。
いつも、アレンがぐしゃぐしゃになっちゃうから止めてと言っている行為。
今に限って何も文句を言わないからそれを少し不思議に思う。アレンの大きな眼の中に映る自分の姿を見て合点がいった。情けない、寂しそうな姿を晒している。
「みんなお前を愛しているから。神様って奴も、運命さえも。だからときどきお前を誰もいないどこかへさらっちまいたくなる」
ぎゅうっと抱きしめるとアレンはちょっと苦しそうにもぞもぞと身を捩った。
でも離してやらない。この腕を解いた瞬間にアレンが雪の中に溶けて攫われそうな不安。
「ティキ?」
「んー」
「どうしたの?」
「・・・・・・・」
「僕はどこにも行かないですよ。だって、家族でしょう?」
その言葉は少し苦しく、とても嬉しいもので。
真意までは伝わらないように、ぎこちなく笑ってみせる。
「・・・・そうだな。ここにいろよ、可愛い弟」
「ここ意外に行く場所なんてないよ? 変な兄さん」
「変って何だよ」
「だって本当に何か変だったんだもの。急に心配性になって。・・・だから、髪ぐしゃぐしゃにしないでくださいって!」
「二人で何じゃれてんのさ。ボクも混ぜろよぉ」
「うわ、ロードまで来た!」
「あははっ、にぎやかになった!」
白い髪をした子供は無邪気に声をたてて笑った。
生まれつきの赤い腕の正体も、自分の正体も知らずに。
無知さを利用して子供を手に入れた男に、罪悪感はない。
初めてその壊れそうな白を見たとき、真綿で包んでやろうと決めた。
大切に大切に。親しい孤児の少年に対するより、もう少し凶暴な感情で。
(今さらお前たちのもとに返しはしないよ)
ティキは浅黒い手をアレンの眩暈を覚えるほど白い首筋にそっと這わせた。
白と黒の鮮やかなまでのコントラスト。どこからか沸き起こるのは背徳感。
「ひゃ! な、何?」
「うん? 折れちまいそうなほど細いなと思って」
もう少し力を込めようとすると、ロードから視線で牽制。おとなしく手を放した。
まっさらな新雪のように無垢な子供。
「わっ」
考え直して、自分の真っ黒なコートでくるむようにすっぽり抱える。降りしきる紛いモノから守るように。
直後ロードから思いっきり足を踏みつけられたけど、痛みはおくびにも出さない。
抱えこんだアレンからは温もりと、かすかに甘い香りがした。(例えるなら、そう、ミルクのような)
ロードとアレンがしきりに何か言っていたけれど、温もりに安堵して、ティキは静かに目を閉じた。
* * * * *
家族ごっこ① 気が向いたら続きます。
まともなティキ×白アレンを目指したのに犯罪の香りがするのはなんでですか。