基本はネタ帳。
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魂を無事送り届け、アレンは上司と連絡を取る。左耳にかけられたイヤリングから聞こえてくる能天気な声。
その声を聞いて初めて知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出した。
ティムキャンピーが気づかう素振りを見せたので、大丈夫、と声にせずに伝える。
「・・・・疲れたかい?」
「あ、いえ大丈夫です。次のリストがあったら送ってください」
「駄目だよ無理しちゃ! アレンくんはすぐに無茶するんだから」
「あはは・・・」
怒ったような上司の口ぶりにアレンはどこか乾いた笑いをもらす。
この仕事は精神力をすり減らすのだ。特にアレンはすぐに根を詰めるから、上司であるコムイとしては困ったものだ。
「とにかくアレンくんは休むこと。リストはまだたまってないから数日の間は『人間生活』を楽しんで」
ティムはアレンくんをしっかり見張っててね、と続けられた言葉に優秀な相棒は任せろとばかりに羽を大きくはためかせる。
信用ないなぁと、苦笑するとコムイからもう一度念押しされた。
「それと、もしそっちでクロスを見かけたら教えてくれる?」
「・・・師匠、また失踪したんですか」
「こっちはいつでも人手不足で年中無休なのに困ったものだよね。まったくアレンくんとは正反対なんだから」
「わかりました探しておきます。・・・本当に、その、休暇なんてとっていいんですか」
「『死神』はなにもアレンとクロスだけじゃないよ? それに疲労のせいで魂が正しく還れないなんてことがあったらそれこそ一大事だ」
「そう、ですね。わかりました。でもコムイさん、」
「うん?」
「コムイさんも、無理しないでくださいね」
「・・・・ありがとう」
プツン、とそこで通信は切れた。
大きく伸びをするとそれまで忘れられてきた疲労が一気に押し寄せてくる。
「とりあえずは寝る場所を確保しなくちゃね、ティム」
目立つ白髪を隠すようにコートについた黒いフードをかぶり歩き出す。
すでに陽は傾き、町を往く人々を淡く染め出していた。
かあかあとカラスが鳴き、子供たちは家路へと駆けていく。
その様子をアレンはしばし眩しそうに眺めていた。
同時にそんなどこにでもある平穏を壊すような喧騒が耳に入ってきた。
音の発生源である路地裏を覗けば、そこではおおかた予想通りケンカがおこなわれていた。
違ったのは、いかにも血気盛んそうな似たり寄ったりな服装の若者たちに対して、対峙しているのは長い髪を高い位置で結わえた青年一人だったこと。
いわゆるリンチ、ではなく青年は圧倒的な強さで相手をのしていく。
それでもやはり多勢に無勢。青年が数人を相手にしている隙に背後を狙われる。
「危ない!」
とっさにアレンは大剣を出現させ、勢いをつけて振り下ろし小さな突風を作り出した。
「ごめんなさい!」
アレンの大剣は普段魂を送るときに肉体と離す手段として人の未練を裁つもの。
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病室には機会の単調で無機質な命をかろうじて繋ぎとめている音と、白いベッドに力なく横たわる少女の苦しげな呼吸だけが響く。
ふと、傍らに何かの気配を感じ、少女はどうにか重いまぶたを持ち上げた。
不思議だった。視力も弱り自分を生かしている機会もおぼろげ。なのに、横に立つ人影ははっきりと見えた。
黒いフードの隙間から白い髪がのぞいている。奇妙な少年。
少女はかすれた声で問いかけた。
「死神さん?」
白い髪の少年は何も答えなかったが、少女はそれを肯定ととった。
「わたし、死んじゃうの?」
「・・・・・・・」
「いやだなぁ。まだ、生きてたい。お父さんが悲しむもん。お母さんも。
・・・不思議。喋るのが苦しくないね。ねぇ死神さん、向こうはどんなところ?」
「とても、安らかな場所です。君を脅かす脅威もなければ、君の心を躍らせる出来事もない。良くも悪くも安寧な場所です」
聞こえた声は穏やかでどこか中性的な優しい声。少女はなんとなくほっとした。
けれど。
「死にたくないな・・・」
やがて身体がふっと軽くなった。
不思議と未練はもうない。
少年は光へと姿を変え、少女の魂を導いた。
「さあ行きなさい。君が輪廻の輪に乗って再び命を得、再び生をまっとうする日にまた相見えんことを」
言霊に包まれ、翼を得た魂はまっすぐにあるべき場所へ進む。
それを見届けると光はもう一度少年の姿をとり、少女の魂のために黙祷を捧げた。
病室を出ると、急いで今少年が出てきた病室へ駆け込む男性が目に入り、胸が痛んだ。
すれ違う人々は誰も少年を気に止めない。
あてもなく歩き、人がいなくなったところで通信機を起動させた。
「―――もしもし、こちらALLEN」
これは、死神の少年と、ある青年が過ごした奇妙な日々の記録。
数日間の白昼夢のような物語。
ふと、傍らに何かの気配を感じ、少女はどうにか重いまぶたを持ち上げた。
不思議だった。視力も弱り自分を生かしている機会もおぼろげ。なのに、横に立つ人影ははっきりと見えた。
黒いフードの隙間から白い髪がのぞいている。奇妙な少年。
少女はかすれた声で問いかけた。
「死神さん?」
白い髪の少年は何も答えなかったが、少女はそれを肯定ととった。
「わたし、死んじゃうの?」
「・・・・・・・」
「いやだなぁ。まだ、生きてたい。お父さんが悲しむもん。お母さんも。
・・・不思議。喋るのが苦しくないね。ねぇ死神さん、向こうはどんなところ?」
「とても、安らかな場所です。君を脅かす脅威もなければ、君の心を躍らせる出来事もない。良くも悪くも安寧な場所です」
聞こえた声は穏やかでどこか中性的な優しい声。少女はなんとなくほっとした。
けれど。
「死にたくないな・・・」
やがて身体がふっと軽くなった。
不思議と未練はもうない。
少年は光へと姿を変え、少女の魂を導いた。
「さあ行きなさい。君が輪廻の輪に乗って再び命を得、再び生をまっとうする日にまた相見えんことを」
言霊に包まれ、翼を得た魂はまっすぐにあるべき場所へ進む。
それを見届けると光はもう一度少年の姿をとり、少女の魂のために黙祷を捧げた。
病室を出ると、急いで今少年が出てきた病室へ駆け込む男性が目に入り、胸が痛んだ。
すれ違う人々は誰も少年を気に止めない。
あてもなく歩き、人がいなくなったところで通信機を起動させた。
「―――もしもし、こちらALLEN」
これは、死神の少年と、ある青年が過ごした奇妙な日々の記録。
数日間の白昼夢のような物語。
「え、それって本当ですか、リナリー」
「うん。アレンくんが知らなかったのは意外だけど。ラビと仲良いからとっくに聞いてたと思った」
「知りませんでした。だったら・・・・・・」
「うん。そう思って持ちかけてみたの」
楽しそうな話し声に、ティキは冷たいアイスコーヒーを二つ持ってアレンとリナリーのもとへ向かう。
「お嬢さんたち楽しそうだね。何を話してるんだ」
二人は顔を見合わせ悪戯っぽく笑った。
「秘密、です」
あとそれから僕はお嬢さんじゃありませんからねと頬をふくらませるアレンに言葉の綾だと返す。そうだ、とリナリーが手を叩いた。
「もしかしたらティキさんにも協力してもらうかもしれません。そのときはお願いします」
「それから、明日お店休ませてもらっていいですか」
「それは構わないけど・・・いったい何を企んでいるんだ?」
二人の少年と少女は楽しそうに笑った。
夏真っ盛り、セミがじりじりと暑さを感じさせる声で大合唱をしている。
むき出しの腕が焼かれる様がよくわかり、一瞬ノースリーブで来たことを後悔したが、それでもわずかでも直に風を感じられるほうがいい。
ラビはArkの前で自転車を止めた。
このあいだは夜遅くまでアレンに迷惑をかけてしまった。(アレンは迷惑とも思っていないのだろうけど)
今日はそのおわびとして休みの日を聞きだし、今度遊びに連れて行ってやろうと思っていた。
扉に手をかけて引いてやると途端に涼しい空気が外へと逃げていく。
「よう眼帯君」
「ホクロ、アレンいる?」
「いきなりそれかよ。あと店長と呼べ」
そう前置きしたあと、今日は出かけてるぞと告げられる。
アレンがいることを信じて疑わなかったラビはたっぷり数秒停止した。
そのあいだにティキは注文を受けにいったり厨房へ行ったりと、アレンがいないということでなかなか忙しかった。
立地条件が悪かろうがこの暑い盛り。偶然見つけたコーヒーショップで涼みたいという客は少なくなく、ご新規さんも日々増えている。
店としては喜ばしいことだがいかんせん一日とはいえ一人で切り盛りしていくのは厳しい。
「オレ、手伝おうか」
思わず口にしたラビにティキはそれは助かる、と嬉しそうに答えた。
「今日は休みにしておけばよかったと思ってたところだ」
「アレンが休みなんて珍しいさ」
「少年は今日デートだからな」
思わずエプロンをつけていた手が止まる。
「デート? アレンが?」
「常連のお嬢さんと。たしかリナリーだったか」
「リナリー!?」
その名前には聞き覚えがある。昔よく遊んだ幼馴染の少女の名前。
「世間って狭い・・・」
「ほんとにな。眼帯君レジ行ってくれ」
「いいかげん眼帯君はやめろよな」
軽口を叩いてレジへ行くと愛想の良い顔で客の対応をする。
幸か不幸かラビの記憶力はずば抜けていて、レジ打ちの作業をしていても他のことを考えるだけの余裕は十分にあった。
アレンのことは親しい店員で、友人だと思っている。
いつもなんだかんだで頼っていた彼に彼女ができたとして。
しかもその彼女が自分もよく知る優しい少女だとして。
いつのまに二人が出会ったかなんて知らないけど仲のいい友人二人がしあわせならおめでたい。二人とも優しいから、ときどき三人で遊ぶのも楽しいと思う。
けれどなんだか複雑だった。
自分にはまだ特定の相手はいないのに一足越されたかんじがするのかもしれない。
ひとしきり考えて(その間も手は動いていた)、ラビの勉強に関しては優秀な頭脳はズレた結論を出した。
(よし、オレもそろそろアレン離れしよう)
いくら二人が優しいからといって正直なところ邪魔だろうし、ふとしたときに疎外感を感じてしまったらやりきれない。
たしかにここは居心地がいいけれど、甘えてしまっては駄目だ。
アレンとリナリーがつきあっているという仮定のまま、ラビは決意を固めた。
また余計なこと言っちまったかな。
妙な決意を固めているラビを見てぼやいたティキの声はもちろん届かなかった。
* * * * *
なんだかコメディ。ラビは優秀な頭脳を持っているはずなのになんでこうなっちゃったのか。
書いてて楽しいですけどまどろっこしいです。
「うん。アレンくんが知らなかったのは意外だけど。ラビと仲良いからとっくに聞いてたと思った」
「知りませんでした。だったら・・・・・・」
「うん。そう思って持ちかけてみたの」
楽しそうな話し声に、ティキは冷たいアイスコーヒーを二つ持ってアレンとリナリーのもとへ向かう。
「お嬢さんたち楽しそうだね。何を話してるんだ」
二人は顔を見合わせ悪戯っぽく笑った。
「秘密、です」
あとそれから僕はお嬢さんじゃありませんからねと頬をふくらませるアレンに言葉の綾だと返す。そうだ、とリナリーが手を叩いた。
「もしかしたらティキさんにも協力してもらうかもしれません。そのときはお願いします」
「それから、明日お店休ませてもらっていいですか」
「それは構わないけど・・・いったい何を企んでいるんだ?」
二人の少年と少女は楽しそうに笑った。
夏真っ盛り、セミがじりじりと暑さを感じさせる声で大合唱をしている。
むき出しの腕が焼かれる様がよくわかり、一瞬ノースリーブで来たことを後悔したが、それでもわずかでも直に風を感じられるほうがいい。
ラビはArkの前で自転車を止めた。
このあいだは夜遅くまでアレンに迷惑をかけてしまった。(アレンは迷惑とも思っていないのだろうけど)
今日はそのおわびとして休みの日を聞きだし、今度遊びに連れて行ってやろうと思っていた。
扉に手をかけて引いてやると途端に涼しい空気が外へと逃げていく。
「よう眼帯君」
「ホクロ、アレンいる?」
「いきなりそれかよ。あと店長と呼べ」
そう前置きしたあと、今日は出かけてるぞと告げられる。
アレンがいることを信じて疑わなかったラビはたっぷり数秒停止した。
そのあいだにティキは注文を受けにいったり厨房へ行ったりと、アレンがいないということでなかなか忙しかった。
立地条件が悪かろうがこの暑い盛り。偶然見つけたコーヒーショップで涼みたいという客は少なくなく、ご新規さんも日々増えている。
店としては喜ばしいことだがいかんせん一日とはいえ一人で切り盛りしていくのは厳しい。
「オレ、手伝おうか」
思わず口にしたラビにティキはそれは助かる、と嬉しそうに答えた。
「今日は休みにしておけばよかったと思ってたところだ」
「アレンが休みなんて珍しいさ」
「少年は今日デートだからな」
思わずエプロンをつけていた手が止まる。
「デート? アレンが?」
「常連のお嬢さんと。たしかリナリーだったか」
「リナリー!?」
その名前には聞き覚えがある。昔よく遊んだ幼馴染の少女の名前。
「世間って狭い・・・」
「ほんとにな。眼帯君レジ行ってくれ」
「いいかげん眼帯君はやめろよな」
軽口を叩いてレジへ行くと愛想の良い顔で客の対応をする。
幸か不幸かラビの記憶力はずば抜けていて、レジ打ちの作業をしていても他のことを考えるだけの余裕は十分にあった。
アレンのことは親しい店員で、友人だと思っている。
いつもなんだかんだで頼っていた彼に彼女ができたとして。
しかもその彼女が自分もよく知る優しい少女だとして。
いつのまに二人が出会ったかなんて知らないけど仲のいい友人二人がしあわせならおめでたい。二人とも優しいから、ときどき三人で遊ぶのも楽しいと思う。
けれどなんだか複雑だった。
自分にはまだ特定の相手はいないのに一足越されたかんじがするのかもしれない。
ひとしきり考えて(その間も手は動いていた)、ラビの勉強に関しては優秀な頭脳はズレた結論を出した。
(よし、オレもそろそろアレン離れしよう)
いくら二人が優しいからといって正直なところ邪魔だろうし、ふとしたときに疎外感を感じてしまったらやりきれない。
たしかにここは居心地がいいけれど、甘えてしまっては駄目だ。
アレンとリナリーがつきあっているという仮定のまま、ラビは決意を固めた。
また余計なこと言っちまったかな。
妙な決意を固めているラビを見てぼやいたティキの声はもちろん届かなかった。
* * * * *
なんだかコメディ。ラビは優秀な頭脳を持っているはずなのになんでこうなっちゃったのか。
書いてて楽しいですけどまどろっこしいです。
なんてことのない日だった。
いつも通りにコーヒーをふるまいお客さんから笑顔をもらう。ティキと軽口を叩きあって、リナリーのもってきてくれたクッキーをみんなで食べた。
なんてことのない、大切な日々の1ページ。
それでも何かが足りない、と首をかしげていると、ティキが独り言のように呟いた。
「そういえばあの眼帯君、しばらく来てないな」
そうだ。ラビ。彼が、いない。
「学校、忙しいんですかね」
「案外彼女でも作ってたりしてな」
ラビは自分が思ってる以上に実はモテる。ただ、本当の恋を知らないから失敗してしまうだけで。
そんなラビに彼女ができたとしたら。
それは喜ばしいことだ。祝福してあげなければ。けれど、前のように相談にのることも無くなってしまうのは少し寂しい気がした。
「ま、仮定の話だ。そんな考え込むなよ少年」
ポンポンとあやすように頭を撫でられる。子供扱いのようでちょっと嫌だったけれど振り払うことはしない。
窓から入りこんできた真っ赤な光が店内を緋く、染め上げる。
アレンは店の前を掃いてきます、と断わって外に出ると、はっとするほど綺麗な夕焼けを仰いだ。
夜道に響く焦った足音。
22時をまわった頃としてはいささか迷惑な音をたててラビは静寂が満ちる通りを駆けていった。
何かあったときに『Ark』へ足が向かうのはもはや反射だ。
非常識な時間だとはわかっている。店はもうとっくに閉まっているだろう。
それでもラビは止まることも引き返すこともできなかった。
頭の中がごちゃごちゃして上手く考えることができない。
無意識に安らぎを求めて、ラビは『Ark』の前に立った。
予想通り店は閉まっていて、それがラビを拒絶しているようで、どこか苦しくなる。
帰るか。ようやく正常な思考回路が導き出した答えにしたがい、ラビは背を向けた。
「こんな時間に何か用ですか?」
穏やかなのによく通る声。聞き覚えのある声にラビが思わず振り向くが姿は見えない。
「待っててください。今、開けちゃいますから」
そう言うと幾許もたたないうちに店に光が灯る。
closeと書かれたプレートを揺らして扉を開き、アレンはどうぞ、といつも通りの笑顔でラビを迎え入れた。
アレンはいつものシャツにエプロンの従業員服といった出で立ちではなく随分とラフなもの。
入ったはいいがいつものカウンターに座り口を開かないラビに対してもアレンは何も言うことなくキッチンへと引っ込む。
「・・・・アレンって、」
「はい?」
ようやくラビが口を開き、アレンは手に持っていたものを再び冷蔵庫へ戻すとラビの隣に来て座った。
「ここに住んでんの?」
「そうですよ」
言ってませんでしたか、とアレンはきょとんとするけど、アレンとラビは世間一般からするとただのいきつけの店の従業員と客。プライベートな話をしあう仲ではないはずだ。
「ここ、てっきりホクロの家かと思ってた」
「そうですよ」
「・・・・・・え?」
「なんですか?」
「お前ホクロと同棲してるんさ?」
「同棲・・・違う気がします。僕はティキの居候、かな」
初めて知った。アレンと出会ってなんだかんだで長いつきあいで、散々愚痴や悩みを聞いてもらったが、そういえばアレン自身のことはまったく知らない。
純粋に好奇心が芽生えた。
「へえ。兄弟ってわけじゃないんだろ? 親戚?」
「ティキのことですか? はい親戚ですよ」
「全然似てないさ」
「父がティキにそっくりだったそうですよ。あ、逆か。ティキが父に生き写しみたいです」
「へー見てみたいさ。なあ写真とかある?」
「あいにく写真はありません。もっというと僕ですら父の顔を見たことはありませんし」
アレンはそこで区切ると、少し苦そうに笑った。
「駆け落ち、だそうです。お坊ちゃん育ちが町で見かけた女性と大恋愛。当然家族親戚は反対して、二人は手を取りあって駆け落ち。その後なんだかんだで僕が産まれて、けれど二人とも無理がたたって死んじゃった」
「・・・・・・・・」
なかなかにヘビーな話だ。
「その後僕は養父に引き取られて、優しいいい人だったんですけど5年ほど前に病死してしまって。養父から僕を任されたという人が現れて身寄りのない僕の後見人になってくれたんですけど、その人がその、なんというかすごい人で。今はどこの愛人の家にいるのやら・・・」
アレンがため息をつく。正直ここまでこみいった話になるとは思っていなかったラビは目を白黒させた。
「そんなわけで途方にくれた僕をタイミングよく父の実家・・・つまりティキの生家なんですけど、が見つけてくれまして。血の繋がりはあっても両親の駆け落ちで縁もないはずの僕によくしてくれたんですけど、どうにも心苦しくて。ちょうどティキが道楽で店でも開きたいと言っていたんでティキのお目付け役として来ちゃいました」
長々とすみませんと照れたように謝るアレンに首を振る。
いつも穏やかなアレンから意外な身の上話を聞き、それがアレンと結びつかなくて、しばし呆けた。
「―――でもよかった」
「?」
「ラビ、なんだか思いつめたような顔してたから心配だったんですけど、もういつもどおりですね」
驚いた。たしかに最初ここにきたときのよくわからない焦りや恐怖は消えている。思いがけない話にそんなことはもはや問題にもされずすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
長い間家を留守にしていた祖父から唐突に自分に弟がいると告げられても、それが双子だったとしても、たいしたことじゃない気がしてきた。たとえそいつに自分が憎まれていようが自分には覚えがない。理由のわからない気持ち悪さはすっかり消えてしまっている。
「アレンは強いのな」
「なんですかいきなり」
変なラビ、とくすくす笑われる。悪い気はしなかった。
それからアレンは思い出したようにキッチンへと向かった。そういえばのどが渇いた。
いつものように水を持ってきてくれるのだろう。
そう思った瞬間、キッチンからけたたましい音がした。
どこか壊れかけのモーター音のようなそれがミキサーの音だと理解した頃、アレンは二つのグラスをかかえてやってきた。
ピンク色をした(恐らく)ジュース。
見るからに甘そうなそれはアレンのものかと思ったが、グラスの数は二個。
アレンは一つをラビの前に置いてにっこりとした。
「僕じゃコーヒーは淹れられないので。いつもは水だけど今日だけはサービスです。元気が出ますよ」
アレンいわく元気の出る飲み物は、ラビにとっては未知のものにしか見えず、少し躊躇する。
けれどせっかくのアレンの厚意だ。飲まないわけにはいかない。
意を決して一口飲むと、意外にも思ったほど甘くない。けれどアレンの好みなのか、酸味の中に砂糖の甘さを感じた。
苦い大人のコーヒーを飲む場所でアレンと甘いジュースを飲んでいる。
それだけのことなのに意識するとなんだかおかしくなってきた。
「ふふっ」
アレンも同じことを思ったのか微かに笑う。それから二人で顔を見合わせると、余計おかしくなってきた。
別段おかしいところはないはずなのに二人は声をあげて笑う。無邪気に、楽しそうに。
時計は日付を越えたことを示していた。
このおかしくてしかたない雰囲気も夜中という空間が成せる業なのかもしれない。
ふと、この空間でなら数時間前に悩んでいたことを言えるかもしれない、と思った。
「アレン、」
「うん?」
「聞いてほしいことがあるんだ。いい?」
アレンは一瞬きょとんとして、もちろんですと力強く言った。
翌朝。
「おーい眼帯君。そろそろ起きろー」
「・・・・なんであんたがここにいるんさ」
「いやここオレの家だし。店だし」
そう言われて昨日の記憶がよみがえる。
あれから、悩んでることもくだらないこともたくさん話して、最後にはいつの間にか二人でカウンターにつっぷして寝てしまったようだ。
「アレンのことまだ寝かせてやってな?」
念を押すと、少年の寝顔なんてレアだから起こしたりしないと悪戯な笑みを見せられた。
「うし帰るか。アレンに礼言っておいてくれる?」
「ああ。今度少年になんかおごってやれよ。喜ぶから」
「考えておく。ありがとな」
扉を開けば眩しいほどの太陽が歓迎してくれた。
眼帯に覆われていない左目を細め、ラビは一歩踏み出していった。
* * * * *
長い。とりあえず拍手としては長すぎる。分けるか。
何がすごいってラビとアレンは付き合ってもないうえに少なくとも今のところ恋愛感情のないところですかね。
いつも通りにコーヒーをふるまいお客さんから笑顔をもらう。ティキと軽口を叩きあって、リナリーのもってきてくれたクッキーをみんなで食べた。
なんてことのない、大切な日々の1ページ。
それでも何かが足りない、と首をかしげていると、ティキが独り言のように呟いた。
「そういえばあの眼帯君、しばらく来てないな」
そうだ。ラビ。彼が、いない。
「学校、忙しいんですかね」
「案外彼女でも作ってたりしてな」
ラビは自分が思ってる以上に実はモテる。ただ、本当の恋を知らないから失敗してしまうだけで。
そんなラビに彼女ができたとしたら。
それは喜ばしいことだ。祝福してあげなければ。けれど、前のように相談にのることも無くなってしまうのは少し寂しい気がした。
「ま、仮定の話だ。そんな考え込むなよ少年」
ポンポンとあやすように頭を撫でられる。子供扱いのようでちょっと嫌だったけれど振り払うことはしない。
窓から入りこんできた真っ赤な光が店内を緋く、染め上げる。
アレンは店の前を掃いてきます、と断わって外に出ると、はっとするほど綺麗な夕焼けを仰いだ。
夜道に響く焦った足音。
22時をまわった頃としてはいささか迷惑な音をたててラビは静寂が満ちる通りを駆けていった。
何かあったときに『Ark』へ足が向かうのはもはや反射だ。
非常識な時間だとはわかっている。店はもうとっくに閉まっているだろう。
それでもラビは止まることも引き返すこともできなかった。
頭の中がごちゃごちゃして上手く考えることができない。
無意識に安らぎを求めて、ラビは『Ark』の前に立った。
予想通り店は閉まっていて、それがラビを拒絶しているようで、どこか苦しくなる。
帰るか。ようやく正常な思考回路が導き出した答えにしたがい、ラビは背を向けた。
「こんな時間に何か用ですか?」
穏やかなのによく通る声。聞き覚えのある声にラビが思わず振り向くが姿は見えない。
「待っててください。今、開けちゃいますから」
そう言うと幾許もたたないうちに店に光が灯る。
closeと書かれたプレートを揺らして扉を開き、アレンはどうぞ、といつも通りの笑顔でラビを迎え入れた。
アレンはいつものシャツにエプロンの従業員服といった出で立ちではなく随分とラフなもの。
入ったはいいがいつものカウンターに座り口を開かないラビに対してもアレンは何も言うことなくキッチンへと引っ込む。
「・・・・アレンって、」
「はい?」
ようやくラビが口を開き、アレンは手に持っていたものを再び冷蔵庫へ戻すとラビの隣に来て座った。
「ここに住んでんの?」
「そうですよ」
言ってませんでしたか、とアレンはきょとんとするけど、アレンとラビは世間一般からするとただのいきつけの店の従業員と客。プライベートな話をしあう仲ではないはずだ。
「ここ、てっきりホクロの家かと思ってた」
「そうですよ」
「・・・・・・え?」
「なんですか?」
「お前ホクロと同棲してるんさ?」
「同棲・・・違う気がします。僕はティキの居候、かな」
初めて知った。アレンと出会ってなんだかんだで長いつきあいで、散々愚痴や悩みを聞いてもらったが、そういえばアレン自身のことはまったく知らない。
純粋に好奇心が芽生えた。
「へえ。兄弟ってわけじゃないんだろ? 親戚?」
「ティキのことですか? はい親戚ですよ」
「全然似てないさ」
「父がティキにそっくりだったそうですよ。あ、逆か。ティキが父に生き写しみたいです」
「へー見てみたいさ。なあ写真とかある?」
「あいにく写真はありません。もっというと僕ですら父の顔を見たことはありませんし」
アレンはそこで区切ると、少し苦そうに笑った。
「駆け落ち、だそうです。お坊ちゃん育ちが町で見かけた女性と大恋愛。当然家族親戚は反対して、二人は手を取りあって駆け落ち。その後なんだかんだで僕が産まれて、けれど二人とも無理がたたって死んじゃった」
「・・・・・・・・」
なかなかにヘビーな話だ。
「その後僕は養父に引き取られて、優しいいい人だったんですけど5年ほど前に病死してしまって。養父から僕を任されたという人が現れて身寄りのない僕の後見人になってくれたんですけど、その人がその、なんというかすごい人で。今はどこの愛人の家にいるのやら・・・」
アレンがため息をつく。正直ここまでこみいった話になるとは思っていなかったラビは目を白黒させた。
「そんなわけで途方にくれた僕をタイミングよく父の実家・・・つまりティキの生家なんですけど、が見つけてくれまして。血の繋がりはあっても両親の駆け落ちで縁もないはずの僕によくしてくれたんですけど、どうにも心苦しくて。ちょうどティキが道楽で店でも開きたいと言っていたんでティキのお目付け役として来ちゃいました」
長々とすみませんと照れたように謝るアレンに首を振る。
いつも穏やかなアレンから意外な身の上話を聞き、それがアレンと結びつかなくて、しばし呆けた。
「―――でもよかった」
「?」
「ラビ、なんだか思いつめたような顔してたから心配だったんですけど、もういつもどおりですね」
驚いた。たしかに最初ここにきたときのよくわからない焦りや恐怖は消えている。思いがけない話にそんなことはもはや問題にもされずすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
長い間家を留守にしていた祖父から唐突に自分に弟がいると告げられても、それが双子だったとしても、たいしたことじゃない気がしてきた。たとえそいつに自分が憎まれていようが自分には覚えがない。理由のわからない気持ち悪さはすっかり消えてしまっている。
「アレンは強いのな」
「なんですかいきなり」
変なラビ、とくすくす笑われる。悪い気はしなかった。
それからアレンは思い出したようにキッチンへと向かった。そういえばのどが渇いた。
いつものように水を持ってきてくれるのだろう。
そう思った瞬間、キッチンからけたたましい音がした。
どこか壊れかけのモーター音のようなそれがミキサーの音だと理解した頃、アレンは二つのグラスをかかえてやってきた。
ピンク色をした(恐らく)ジュース。
見るからに甘そうなそれはアレンのものかと思ったが、グラスの数は二個。
アレンは一つをラビの前に置いてにっこりとした。
「僕じゃコーヒーは淹れられないので。いつもは水だけど今日だけはサービスです。元気が出ますよ」
アレンいわく元気の出る飲み物は、ラビにとっては未知のものにしか見えず、少し躊躇する。
けれどせっかくのアレンの厚意だ。飲まないわけにはいかない。
意を決して一口飲むと、意外にも思ったほど甘くない。けれどアレンの好みなのか、酸味の中に砂糖の甘さを感じた。
苦い大人のコーヒーを飲む場所でアレンと甘いジュースを飲んでいる。
それだけのことなのに意識するとなんだかおかしくなってきた。
「ふふっ」
アレンも同じことを思ったのか微かに笑う。それから二人で顔を見合わせると、余計おかしくなってきた。
別段おかしいところはないはずなのに二人は声をあげて笑う。無邪気に、楽しそうに。
時計は日付を越えたことを示していた。
このおかしくてしかたない雰囲気も夜中という空間が成せる業なのかもしれない。
ふと、この空間でなら数時間前に悩んでいたことを言えるかもしれない、と思った。
「アレン、」
「うん?」
「聞いてほしいことがあるんだ。いい?」
アレンは一瞬きょとんとして、もちろんですと力強く言った。
翌朝。
「おーい眼帯君。そろそろ起きろー」
「・・・・なんであんたがここにいるんさ」
「いやここオレの家だし。店だし」
そう言われて昨日の記憶がよみがえる。
あれから、悩んでることもくだらないこともたくさん話して、最後にはいつの間にか二人でカウンターにつっぷして寝てしまったようだ。
「アレンのことまだ寝かせてやってな?」
念を押すと、少年の寝顔なんてレアだから起こしたりしないと悪戯な笑みを見せられた。
「うし帰るか。アレンに礼言っておいてくれる?」
「ああ。今度少年になんかおごってやれよ。喜ぶから」
「考えておく。ありがとな」
扉を開けば眩しいほどの太陽が歓迎してくれた。
眼帯に覆われていない左目を細め、ラビは一歩踏み出していった。
* * * * *
長い。とりあえず拍手としては長すぎる。分けるか。
何がすごいってラビとアレンは付き合ってもないうえに少なくとも今のところ恋愛感情のないところですかね。
コンコン、と遠慮がちなノックを訝しく思いながら本をベッドの脇に置き、扉へ向かう。
時刻は深夜。ちょうど日付をまわって午前2時。草木も眠る丑三つ時というやつだ。
「誰?」
「ラビやっぱり部屋にいたんだ」
そこにいたのはアレン。任務から帰ってきたばかりなのか汚れた団服にどこか疲れたような顔で、それでもほっとしたように微笑んだ。
ラビは不思議に思いながらも部屋の中に入るよううながした。
けれどアレンは首を振る。
「長居はしませんよ。リンクを待たせちゃってますし。でも一言言いたくって。・・・間に合いませんでしたけど」「いったい何の話さ?」
「あれ、ラビ忘れちゃったんですか」
クエスチョンマークをとばすラビにアレンはおかしそうに告げた。
「お誕生日おめでとうラビ。日付、過ぎちゃいましたけど」
時刻は深夜。ちょうど日付をまわって午前2時。草木も眠る丑三つ時というやつだ。
「誰?」
「ラビやっぱり部屋にいたんだ」
そこにいたのはアレン。任務から帰ってきたばかりなのか汚れた団服にどこか疲れたような顔で、それでもほっとしたように微笑んだ。
ラビは不思議に思いながらも部屋の中に入るよううながした。
けれどアレンは首を振る。
「長居はしませんよ。リンクを待たせちゃってますし。でも一言言いたくって。・・・間に合いませんでしたけど」「いったい何の話さ?」
「あれ、ラビ忘れちゃったんですか」
クエスチョンマークをとばすラビにアレンはおかしそうに告げた。
「お誕生日おめでとうラビ。日付、過ぎちゃいましたけど」