基本はネタ帳。
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なんてことのない日だった。
いつも通りにコーヒーをふるまいお客さんから笑顔をもらう。ティキと軽口を叩きあって、リナリーのもってきてくれたクッキーをみんなで食べた。
なんてことのない、大切な日々の1ページ。
それでも何かが足りない、と首をかしげていると、ティキが独り言のように呟いた。
「そういえばあの眼帯君、しばらく来てないな」
そうだ。ラビ。彼が、いない。
「学校、忙しいんですかね」
「案外彼女でも作ってたりしてな」
ラビは自分が思ってる以上に実はモテる。ただ、本当の恋を知らないから失敗してしまうだけで。
そんなラビに彼女ができたとしたら。
それは喜ばしいことだ。祝福してあげなければ。けれど、前のように相談にのることも無くなってしまうのは少し寂しい気がした。
「ま、仮定の話だ。そんな考え込むなよ少年」
ポンポンとあやすように頭を撫でられる。子供扱いのようでちょっと嫌だったけれど振り払うことはしない。
窓から入りこんできた真っ赤な光が店内を緋く、染め上げる。
アレンは店の前を掃いてきます、と断わって外に出ると、はっとするほど綺麗な夕焼けを仰いだ。
夜道に響く焦った足音。
22時をまわった頃としてはいささか迷惑な音をたててラビは静寂が満ちる通りを駆けていった。
何かあったときに『Ark』へ足が向かうのはもはや反射だ。
非常識な時間だとはわかっている。店はもうとっくに閉まっているだろう。
それでもラビは止まることも引き返すこともできなかった。
頭の中がごちゃごちゃして上手く考えることができない。
無意識に安らぎを求めて、ラビは『Ark』の前に立った。
予想通り店は閉まっていて、それがラビを拒絶しているようで、どこか苦しくなる。
帰るか。ようやく正常な思考回路が導き出した答えにしたがい、ラビは背を向けた。
「こんな時間に何か用ですか?」
穏やかなのによく通る声。聞き覚えのある声にラビが思わず振り向くが姿は見えない。
「待っててください。今、開けちゃいますから」
そう言うと幾許もたたないうちに店に光が灯る。
closeと書かれたプレートを揺らして扉を開き、アレンはどうぞ、といつも通りの笑顔でラビを迎え入れた。
アレンはいつものシャツにエプロンの従業員服といった出で立ちではなく随分とラフなもの。
入ったはいいがいつものカウンターに座り口を開かないラビに対してもアレンは何も言うことなくキッチンへと引っ込む。
「・・・・アレンって、」
「はい?」
ようやくラビが口を開き、アレンは手に持っていたものを再び冷蔵庫へ戻すとラビの隣に来て座った。
「ここに住んでんの?」
「そうですよ」
言ってませんでしたか、とアレンはきょとんとするけど、アレンとラビは世間一般からするとただのいきつけの店の従業員と客。プライベートな話をしあう仲ではないはずだ。
「ここ、てっきりホクロの家かと思ってた」
「そうですよ」
「・・・・・・え?」
「なんですか?」
「お前ホクロと同棲してるんさ?」
「同棲・・・違う気がします。僕はティキの居候、かな」
初めて知った。アレンと出会ってなんだかんだで長いつきあいで、散々愚痴や悩みを聞いてもらったが、そういえばアレン自身のことはまったく知らない。
純粋に好奇心が芽生えた。
「へえ。兄弟ってわけじゃないんだろ? 親戚?」
「ティキのことですか? はい親戚ですよ」
「全然似てないさ」
「父がティキにそっくりだったそうですよ。あ、逆か。ティキが父に生き写しみたいです」
「へー見てみたいさ。なあ写真とかある?」
「あいにく写真はありません。もっというと僕ですら父の顔を見たことはありませんし」
アレンはそこで区切ると、少し苦そうに笑った。
「駆け落ち、だそうです。お坊ちゃん育ちが町で見かけた女性と大恋愛。当然家族親戚は反対して、二人は手を取りあって駆け落ち。その後なんだかんだで僕が産まれて、けれど二人とも無理がたたって死んじゃった」
「・・・・・・・・」
なかなかにヘビーな話だ。
「その後僕は養父に引き取られて、優しいいい人だったんですけど5年ほど前に病死してしまって。養父から僕を任されたという人が現れて身寄りのない僕の後見人になってくれたんですけど、その人がその、なんというかすごい人で。今はどこの愛人の家にいるのやら・・・」
アレンがため息をつく。正直ここまでこみいった話になるとは思っていなかったラビは目を白黒させた。
「そんなわけで途方にくれた僕をタイミングよく父の実家・・・つまりティキの生家なんですけど、が見つけてくれまして。血の繋がりはあっても両親の駆け落ちで縁もないはずの僕によくしてくれたんですけど、どうにも心苦しくて。ちょうどティキが道楽で店でも開きたいと言っていたんでティキのお目付け役として来ちゃいました」
長々とすみませんと照れたように謝るアレンに首を振る。
いつも穏やかなアレンから意外な身の上話を聞き、それがアレンと結びつかなくて、しばし呆けた。
「―――でもよかった」
「?」
「ラビ、なんだか思いつめたような顔してたから心配だったんですけど、もういつもどおりですね」
驚いた。たしかに最初ここにきたときのよくわからない焦りや恐怖は消えている。思いがけない話にそんなことはもはや問題にもされずすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
長い間家を留守にしていた祖父から唐突に自分に弟がいると告げられても、それが双子だったとしても、たいしたことじゃない気がしてきた。たとえそいつに自分が憎まれていようが自分には覚えがない。理由のわからない気持ち悪さはすっかり消えてしまっている。
「アレンは強いのな」
「なんですかいきなり」
変なラビ、とくすくす笑われる。悪い気はしなかった。
それからアレンは思い出したようにキッチンへと向かった。そういえばのどが渇いた。
いつものように水を持ってきてくれるのだろう。
そう思った瞬間、キッチンからけたたましい音がした。
どこか壊れかけのモーター音のようなそれがミキサーの音だと理解した頃、アレンは二つのグラスをかかえてやってきた。
ピンク色をした(恐らく)ジュース。
見るからに甘そうなそれはアレンのものかと思ったが、グラスの数は二個。
アレンは一つをラビの前に置いてにっこりとした。
「僕じゃコーヒーは淹れられないので。いつもは水だけど今日だけはサービスです。元気が出ますよ」
アレンいわく元気の出る飲み物は、ラビにとっては未知のものにしか見えず、少し躊躇する。
けれどせっかくのアレンの厚意だ。飲まないわけにはいかない。
意を決して一口飲むと、意外にも思ったほど甘くない。けれどアレンの好みなのか、酸味の中に砂糖の甘さを感じた。
苦い大人のコーヒーを飲む場所でアレンと甘いジュースを飲んでいる。
それだけのことなのに意識するとなんだかおかしくなってきた。
「ふふっ」
アレンも同じことを思ったのか微かに笑う。それから二人で顔を見合わせると、余計おかしくなってきた。
別段おかしいところはないはずなのに二人は声をあげて笑う。無邪気に、楽しそうに。
時計は日付を越えたことを示していた。
このおかしくてしかたない雰囲気も夜中という空間が成せる業なのかもしれない。
ふと、この空間でなら数時間前に悩んでいたことを言えるかもしれない、と思った。
「アレン、」
「うん?」
「聞いてほしいことがあるんだ。いい?」
アレンは一瞬きょとんとして、もちろんですと力強く言った。
翌朝。
「おーい眼帯君。そろそろ起きろー」
「・・・・なんであんたがここにいるんさ」
「いやここオレの家だし。店だし」
そう言われて昨日の記憶がよみがえる。
あれから、悩んでることもくだらないこともたくさん話して、最後にはいつの間にか二人でカウンターにつっぷして寝てしまったようだ。
「アレンのことまだ寝かせてやってな?」
念を押すと、少年の寝顔なんてレアだから起こしたりしないと悪戯な笑みを見せられた。
「うし帰るか。アレンに礼言っておいてくれる?」
「ああ。今度少年になんかおごってやれよ。喜ぶから」
「考えておく。ありがとな」
扉を開けば眩しいほどの太陽が歓迎してくれた。
眼帯に覆われていない左目を細め、ラビは一歩踏み出していった。
* * * * *
長い。とりあえず拍手としては長すぎる。分けるか。
何がすごいってラビとアレンは付き合ってもないうえに少なくとも今のところ恋愛感情のないところですかね。
いつも通りにコーヒーをふるまいお客さんから笑顔をもらう。ティキと軽口を叩きあって、リナリーのもってきてくれたクッキーをみんなで食べた。
なんてことのない、大切な日々の1ページ。
それでも何かが足りない、と首をかしげていると、ティキが独り言のように呟いた。
「そういえばあの眼帯君、しばらく来てないな」
そうだ。ラビ。彼が、いない。
「学校、忙しいんですかね」
「案外彼女でも作ってたりしてな」
ラビは自分が思ってる以上に実はモテる。ただ、本当の恋を知らないから失敗してしまうだけで。
そんなラビに彼女ができたとしたら。
それは喜ばしいことだ。祝福してあげなければ。けれど、前のように相談にのることも無くなってしまうのは少し寂しい気がした。
「ま、仮定の話だ。そんな考え込むなよ少年」
ポンポンとあやすように頭を撫でられる。子供扱いのようでちょっと嫌だったけれど振り払うことはしない。
窓から入りこんできた真っ赤な光が店内を緋く、染め上げる。
アレンは店の前を掃いてきます、と断わって外に出ると、はっとするほど綺麗な夕焼けを仰いだ。
夜道に響く焦った足音。
22時をまわった頃としてはいささか迷惑な音をたててラビは静寂が満ちる通りを駆けていった。
何かあったときに『Ark』へ足が向かうのはもはや反射だ。
非常識な時間だとはわかっている。店はもうとっくに閉まっているだろう。
それでもラビは止まることも引き返すこともできなかった。
頭の中がごちゃごちゃして上手く考えることができない。
無意識に安らぎを求めて、ラビは『Ark』の前に立った。
予想通り店は閉まっていて、それがラビを拒絶しているようで、どこか苦しくなる。
帰るか。ようやく正常な思考回路が導き出した答えにしたがい、ラビは背を向けた。
「こんな時間に何か用ですか?」
穏やかなのによく通る声。聞き覚えのある声にラビが思わず振り向くが姿は見えない。
「待っててください。今、開けちゃいますから」
そう言うと幾許もたたないうちに店に光が灯る。
closeと書かれたプレートを揺らして扉を開き、アレンはどうぞ、といつも通りの笑顔でラビを迎え入れた。
アレンはいつものシャツにエプロンの従業員服といった出で立ちではなく随分とラフなもの。
入ったはいいがいつものカウンターに座り口を開かないラビに対してもアレンは何も言うことなくキッチンへと引っ込む。
「・・・・アレンって、」
「はい?」
ようやくラビが口を開き、アレンは手に持っていたものを再び冷蔵庫へ戻すとラビの隣に来て座った。
「ここに住んでんの?」
「そうですよ」
言ってませんでしたか、とアレンはきょとんとするけど、アレンとラビは世間一般からするとただのいきつけの店の従業員と客。プライベートな話をしあう仲ではないはずだ。
「ここ、てっきりホクロの家かと思ってた」
「そうですよ」
「・・・・・・え?」
「なんですか?」
「お前ホクロと同棲してるんさ?」
「同棲・・・違う気がします。僕はティキの居候、かな」
初めて知った。アレンと出会ってなんだかんだで長いつきあいで、散々愚痴や悩みを聞いてもらったが、そういえばアレン自身のことはまったく知らない。
純粋に好奇心が芽生えた。
「へえ。兄弟ってわけじゃないんだろ? 親戚?」
「ティキのことですか? はい親戚ですよ」
「全然似てないさ」
「父がティキにそっくりだったそうですよ。あ、逆か。ティキが父に生き写しみたいです」
「へー見てみたいさ。なあ写真とかある?」
「あいにく写真はありません。もっというと僕ですら父の顔を見たことはありませんし」
アレンはそこで区切ると、少し苦そうに笑った。
「駆け落ち、だそうです。お坊ちゃん育ちが町で見かけた女性と大恋愛。当然家族親戚は反対して、二人は手を取りあって駆け落ち。その後なんだかんだで僕が産まれて、けれど二人とも無理がたたって死んじゃった」
「・・・・・・・・」
なかなかにヘビーな話だ。
「その後僕は養父に引き取られて、優しいいい人だったんですけど5年ほど前に病死してしまって。養父から僕を任されたという人が現れて身寄りのない僕の後見人になってくれたんですけど、その人がその、なんというかすごい人で。今はどこの愛人の家にいるのやら・・・」
アレンがため息をつく。正直ここまでこみいった話になるとは思っていなかったラビは目を白黒させた。
「そんなわけで途方にくれた僕をタイミングよく父の実家・・・つまりティキの生家なんですけど、が見つけてくれまして。血の繋がりはあっても両親の駆け落ちで縁もないはずの僕によくしてくれたんですけど、どうにも心苦しくて。ちょうどティキが道楽で店でも開きたいと言っていたんでティキのお目付け役として来ちゃいました」
長々とすみませんと照れたように謝るアレンに首を振る。
いつも穏やかなアレンから意外な身の上話を聞き、それがアレンと結びつかなくて、しばし呆けた。
「―――でもよかった」
「?」
「ラビ、なんだか思いつめたような顔してたから心配だったんですけど、もういつもどおりですね」
驚いた。たしかに最初ここにきたときのよくわからない焦りや恐怖は消えている。思いがけない話にそんなことはもはや問題にもされずすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
長い間家を留守にしていた祖父から唐突に自分に弟がいると告げられても、それが双子だったとしても、たいしたことじゃない気がしてきた。たとえそいつに自分が憎まれていようが自分には覚えがない。理由のわからない気持ち悪さはすっかり消えてしまっている。
「アレンは強いのな」
「なんですかいきなり」
変なラビ、とくすくす笑われる。悪い気はしなかった。
それからアレンは思い出したようにキッチンへと向かった。そういえばのどが渇いた。
いつものように水を持ってきてくれるのだろう。
そう思った瞬間、キッチンからけたたましい音がした。
どこか壊れかけのモーター音のようなそれがミキサーの音だと理解した頃、アレンは二つのグラスをかかえてやってきた。
ピンク色をした(恐らく)ジュース。
見るからに甘そうなそれはアレンのものかと思ったが、グラスの数は二個。
アレンは一つをラビの前に置いてにっこりとした。
「僕じゃコーヒーは淹れられないので。いつもは水だけど今日だけはサービスです。元気が出ますよ」
アレンいわく元気の出る飲み物は、ラビにとっては未知のものにしか見えず、少し躊躇する。
けれどせっかくのアレンの厚意だ。飲まないわけにはいかない。
意を決して一口飲むと、意外にも思ったほど甘くない。けれどアレンの好みなのか、酸味の中に砂糖の甘さを感じた。
苦い大人のコーヒーを飲む場所でアレンと甘いジュースを飲んでいる。
それだけのことなのに意識するとなんだかおかしくなってきた。
「ふふっ」
アレンも同じことを思ったのか微かに笑う。それから二人で顔を見合わせると、余計おかしくなってきた。
別段おかしいところはないはずなのに二人は声をあげて笑う。無邪気に、楽しそうに。
時計は日付を越えたことを示していた。
このおかしくてしかたない雰囲気も夜中という空間が成せる業なのかもしれない。
ふと、この空間でなら数時間前に悩んでいたことを言えるかもしれない、と思った。
「アレン、」
「うん?」
「聞いてほしいことがあるんだ。いい?」
アレンは一瞬きょとんとして、もちろんですと力強く言った。
翌朝。
「おーい眼帯君。そろそろ起きろー」
「・・・・なんであんたがここにいるんさ」
「いやここオレの家だし。店だし」
そう言われて昨日の記憶がよみがえる。
あれから、悩んでることもくだらないこともたくさん話して、最後にはいつの間にか二人でカウンターにつっぷして寝てしまったようだ。
「アレンのことまだ寝かせてやってな?」
念を押すと、少年の寝顔なんてレアだから起こしたりしないと悪戯な笑みを見せられた。
「うし帰るか。アレンに礼言っておいてくれる?」
「ああ。今度少年になんかおごってやれよ。喜ぶから」
「考えておく。ありがとな」
扉を開けば眩しいほどの太陽が歓迎してくれた。
眼帯に覆われていない左目を細め、ラビは一歩踏み出していった。
* * * * *
長い。とりあえず拍手としては長すぎる。分けるか。
何がすごいってラビとアレンは付き合ってもないうえに少なくとも今のところ恋愛感情のないところですかね。
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