基本はネタ帳。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ざわざわと風に身を任せる木々の声。そしてその間から漏れてくる白い光に呼ばれて、アレンは目を覚ました。
木々に四方を囲まれてアレンは地に伏していた。身体を起こそうとすれば、背骨などあちこちが小さく傷みだす。
どうしてこんなことになっているのだろう、と記憶を辿る。
「・・・ティム、いる?」
小さく呼べば小さな相棒はすぐにアレンを見つけてやってきた。ティムもアレンを探していたのか、心配したと訴えるようにその丸い体をぐりぐりとアレンの額に押しつけてきた。
「痛た・・・。ティムってば、痛いよ」
額を袖口で拭えば、薄く切れていたらしくピリッとした痛みが走る。団服は流石と言うべきか、小さなほつれや葉っぱはあちこちについていたけれど、しっかりと持ち主の身体を守っていた。
唐突に、思い出した。
「そっか、僕、落ちたんだっけ」
崖から、この森へ。
連携していつまでたっても攻撃らしい攻撃もせずに動き回るアクマたちをおかしいと思わないでもなかったけれど、気がついたら崖に体よく誘導されていた。
アクマに囲まれて、逃げ場なんて無くて、逃げる気も無かった。
ただ、運の悪いことに崖はアクマの攻撃に耐えられなかったのだ。
アクマが撃った弾を避けて、ちょこまかと動き回る哀しい兵器を開放してあげようと動きをうかがう。
アレンの髪を数ミリ散らした弾は、続いてアレンの足元を狙ってきた。
アレンはイノセンスをエッヂに変えて、弾を撃った直後の一瞬の隙をとらえて魂を開放しようとした。
着地した衝撃で崖が崩れ始めても、アレンは空を見ていた。
レベル1が数体とレベル2が二体。開放した魂はどこかへと消える。それが常。
ただ一つ、魂は消える瞬間にその声なき声でアレンに囁いた。
慰めとも叱咤ともとれるその言の葉。
気がついたときには身体は宙に放り出されていてクラウンベルトを伸ばしても、もう遅かった。
「よく、助かったなあ・・・」
教団支給の個人にあった団服がだいたいの衝撃を受け止めてくれるとはいえ、木々の中に突っ込んでたいした怪我も無く、運が良かったと思う。
あとで、またリンクやコムイに怒られてしまうかもしれない。
「そりゃ、リタイアはできないからねぇ」
突如返ってきた声にアレンは銀灰色の目を見開いた。
少女はいつのまにかアレンの傍に佇んでいた。
「無事でよかったねぇ。それとも、逝きそこねて残念だったねって言えばいい?」
「あいにく死ぬ気は無いので、ありがとうとだけ言っておきます」
「ふふ、どういたしましてぇ」
「・・・相変わらず神出鬼没だね、ロード」
「アレンが呼ぶからね」
「呼んでないよ?」
「嘘。呼んでたよぉ」
身体を起こしていても、地面に座り込むアレンはどうしてもロードを見上げる形になる。
光源の少ない森の中。佇むロードの表情は逆光で陰っている。
自然な動きでロードはアレンの顔に出来た小さな擦り傷のひとつに触れた。
触れた指先の温度は、アレンよりも少しだけ温かかった。
「羨ましかった?」
まったくもって真意の読めない言葉に、アレンは黙ってロードを見つめる。
「タマシイ。笑ってたんでしょ?」
思わず目を見張る。
ロードにとってのアクマは数ある玩具だ。どうやったってアレンのアクマを想う気持ちは理解できない。
脳裏に浮かんだのは、囚われた魂があるべき場所に還る前にアレンに残した言の葉。
「ううん。僕はまだやることがあるから」
開放は望んでいない。
それは本心で、少しだけ強がりだった。
「ロードこそ、羨ましいんじゃない?」
ちょっとした交ぜっ返しのつもりでアレンが返すと、ロードはそうかもねと笑った。
ぽかんとするアレンに構わず、小さな唇はゆっくりと紡ぐ。
「ボクらに、リタイアは許されていないんだ」
それが寂しそうに聞こえて、アレンは左手を伸ばした。
ティムはさっきからずっとピクリとも動かない。息を潜めて成り行きを見ている。
「僕らは、――」
――これから貴方を待ち受ける脅威に対して、私は祈ることしか出来ない。
背を預けられる人がいるのなら、その背を伸ばして、立ち向かって。
生き抜いてください。無責任だけれど、貴方にはそれができるのだから。
脅威と言われて思い浮かべるものなんて、とても片手では足りそうに無い。
それでも、やることは決まっている。
今出来る精一杯を。それがすべて。
「――僕らは生きているから」
ノアが憎むイノセンスの左手がロードに触れた。
「うん」
傷一つ無い浅黒い肌は、それを拒むことはしなかった。
その先は、二人とも言葉にしない。
ただ、物言わぬ金色のゴーレムだけが、その羽音を響かせた。
耳障りな砂嵐を何度か鳴らせて、イヤリング型の通信機が反応する。
それは終わりを告げる合図。
非日常から日常へ戻る鐘の音。
「・・・・・はい、アレンです」
『ウォーカー、いったいどこにいるんですか』
「えっと崖から落ちちゃって」
『崖!? どこか怪我は・・・』
答えようと口を開くと、その口が塞がれた。
一瞬の出来事。
唇に残る何かに触れた感触。思わずアレンが口元に手を当てたときには、少女の姿はどこにもなかった。
「・・・・・・・・!」
『ウォーカーどうしました? ウォーカー?』
通信機からは返事をせかすリンクの声。
息を吸って、吐いて、深呼吸。そうしてようやっと口を開く。
しばらくしてリンクがやってくるとのことで通信は切れた。
沈黙を守るティムをそっと見やる。
さっきまでの夢のような出来事は、まだアレンの中で鮮やかに残っている。
「羨ましかった?」
「・・・ううん。そんなことないよ」
だって誓った。大好きな養父にも。心の底では敬愛していた師にも。
精一杯生きることは難しいかもしれないけれど、やり遂げてみせると。
「行こうか、ティム。そろそろリンクが迎えに来る」
柔らかな木漏れ日を受けて、ティムは一度羽ばたいた。
天国は有料でさらに僕らは規定年齢にも達してないから
* * * * *
(お題元:h a z y)
久々の話。もはやリハビリ?
このあともだらだらと続くんですけど、終わらないのでばっさりカットしてしまいました。
ローアレが足りません。こんなんで冬眠できるかな・・・?
木々に四方を囲まれてアレンは地に伏していた。身体を起こそうとすれば、背骨などあちこちが小さく傷みだす。
どうしてこんなことになっているのだろう、と記憶を辿る。
「・・・ティム、いる?」
小さく呼べば小さな相棒はすぐにアレンを見つけてやってきた。ティムもアレンを探していたのか、心配したと訴えるようにその丸い体をぐりぐりとアレンの額に押しつけてきた。
「痛た・・・。ティムってば、痛いよ」
額を袖口で拭えば、薄く切れていたらしくピリッとした痛みが走る。団服は流石と言うべきか、小さなほつれや葉っぱはあちこちについていたけれど、しっかりと持ち主の身体を守っていた。
唐突に、思い出した。
「そっか、僕、落ちたんだっけ」
崖から、この森へ。
連携していつまでたっても攻撃らしい攻撃もせずに動き回るアクマたちをおかしいと思わないでもなかったけれど、気がついたら崖に体よく誘導されていた。
アクマに囲まれて、逃げ場なんて無くて、逃げる気も無かった。
ただ、運の悪いことに崖はアクマの攻撃に耐えられなかったのだ。
アクマが撃った弾を避けて、ちょこまかと動き回る哀しい兵器を開放してあげようと動きをうかがう。
アレンの髪を数ミリ散らした弾は、続いてアレンの足元を狙ってきた。
アレンはイノセンスをエッヂに変えて、弾を撃った直後の一瞬の隙をとらえて魂を開放しようとした。
着地した衝撃で崖が崩れ始めても、アレンは空を見ていた。
レベル1が数体とレベル2が二体。開放した魂はどこかへと消える。それが常。
ただ一つ、魂は消える瞬間にその声なき声でアレンに囁いた。
慰めとも叱咤ともとれるその言の葉。
気がついたときには身体は宙に放り出されていてクラウンベルトを伸ばしても、もう遅かった。
「よく、助かったなあ・・・」
教団支給の個人にあった団服がだいたいの衝撃を受け止めてくれるとはいえ、木々の中に突っ込んでたいした怪我も無く、運が良かったと思う。
あとで、またリンクやコムイに怒られてしまうかもしれない。
「そりゃ、リタイアはできないからねぇ」
突如返ってきた声にアレンは銀灰色の目を見開いた。
少女はいつのまにかアレンの傍に佇んでいた。
「無事でよかったねぇ。それとも、逝きそこねて残念だったねって言えばいい?」
「あいにく死ぬ気は無いので、ありがとうとだけ言っておきます」
「ふふ、どういたしましてぇ」
「・・・相変わらず神出鬼没だね、ロード」
「アレンが呼ぶからね」
「呼んでないよ?」
「嘘。呼んでたよぉ」
身体を起こしていても、地面に座り込むアレンはどうしてもロードを見上げる形になる。
光源の少ない森の中。佇むロードの表情は逆光で陰っている。
自然な動きでロードはアレンの顔に出来た小さな擦り傷のひとつに触れた。
触れた指先の温度は、アレンよりも少しだけ温かかった。
「羨ましかった?」
まったくもって真意の読めない言葉に、アレンは黙ってロードを見つめる。
「タマシイ。笑ってたんでしょ?」
思わず目を見張る。
ロードにとってのアクマは数ある玩具だ。どうやったってアレンのアクマを想う気持ちは理解できない。
脳裏に浮かんだのは、囚われた魂があるべき場所に還る前にアレンに残した言の葉。
「ううん。僕はまだやることがあるから」
開放は望んでいない。
それは本心で、少しだけ強がりだった。
「ロードこそ、羨ましいんじゃない?」
ちょっとした交ぜっ返しのつもりでアレンが返すと、ロードはそうかもねと笑った。
ぽかんとするアレンに構わず、小さな唇はゆっくりと紡ぐ。
「ボクらに、リタイアは許されていないんだ」
それが寂しそうに聞こえて、アレンは左手を伸ばした。
ティムはさっきからずっとピクリとも動かない。息を潜めて成り行きを見ている。
「僕らは、――」
――これから貴方を待ち受ける脅威に対して、私は祈ることしか出来ない。
背を預けられる人がいるのなら、その背を伸ばして、立ち向かって。
生き抜いてください。無責任だけれど、貴方にはそれができるのだから。
脅威と言われて思い浮かべるものなんて、とても片手では足りそうに無い。
それでも、やることは決まっている。
今出来る精一杯を。それがすべて。
「――僕らは生きているから」
ノアが憎むイノセンスの左手がロードに触れた。
「うん」
傷一つ無い浅黒い肌は、それを拒むことはしなかった。
その先は、二人とも言葉にしない。
ただ、物言わぬ金色のゴーレムだけが、その羽音を響かせた。
耳障りな砂嵐を何度か鳴らせて、イヤリング型の通信機が反応する。
それは終わりを告げる合図。
非日常から日常へ戻る鐘の音。
「・・・・・はい、アレンです」
『ウォーカー、いったいどこにいるんですか』
「えっと崖から落ちちゃって」
『崖!? どこか怪我は・・・』
答えようと口を開くと、その口が塞がれた。
一瞬の出来事。
唇に残る何かに触れた感触。思わずアレンが口元に手を当てたときには、少女の姿はどこにもなかった。
「・・・・・・・・!」
『ウォーカーどうしました? ウォーカー?』
通信機からは返事をせかすリンクの声。
息を吸って、吐いて、深呼吸。そうしてようやっと口を開く。
しばらくしてリンクがやってくるとのことで通信は切れた。
沈黙を守るティムをそっと見やる。
さっきまでの夢のような出来事は、まだアレンの中で鮮やかに残っている。
「羨ましかった?」
「・・・ううん。そんなことないよ」
だって誓った。大好きな養父にも。心の底では敬愛していた師にも。
精一杯生きることは難しいかもしれないけれど、やり遂げてみせると。
「行こうか、ティム。そろそろリンクが迎えに来る」
柔らかな木漏れ日を受けて、ティムは一度羽ばたいた。
天国は有料でさらに僕らは規定年齢にも達してないから
* * * * *
(お題元:h a z y)
久々の話。もはやリハビリ?
このあともだらだらと続くんですけど、終わらないのでばっさりカットしてしまいました。
ローアレが足りません。こんなんで冬眠できるかな・・・?
PR
※「宇宙魚顚末記」とのダブルパロです。
空に突然巨大な魚が見えるようになったのは、ちょうど1週間くらい前のこと。
満天の星々の光をさえぎるように現れたそれは、だんだんと大きくなっていて、確実にこの星へ近づいているようだった。
もちろん怪奇には違いないし、それでなくともこんな事態を教団の優秀な科学班の人々が調べないわけがない。けれどそれによってわかったことは、どうやらイノセンスによる奇怪ではないらしいこと。それから、巨大な魚は宇宙をゆっくりと泳ぎ、計算が正しければあと3週間と少し、つまり魚が現れて1ヶ月で地球に激突するらしい。
けれどそんな事態にも関係無しにアクマは年中無休に活動中で、同じくエクソシストも年中無休でアクマを破壊しなければいけない。
そんなエクソシストのひとり、アレンは空を仰ぎ見た。
退魔の剣が左腕へと戻る。ところどころ傷のついた白いマントが、ざあっと風に煽られ消えていった。
今、空を見ればその姿を主張する魚がいることはわかっていたけれど、実際にそれを見てしまうとなんだか落胆した。
それでもじいっと見ていると魚がこっちを見た気がした。まだまだ消えてくれる気はないらしい。
アレンと魚の一方的な争いは、突然アレンが抱きつかれたことで終わりを迎えた。
「やっほーアレン! 何やってんのぉ」
「うわっ、ロード!」
背後から気配もなく抱きつかれ、慌てて衝撃にそなえる。
地面にぺたんと腰を降ろすと、ノアの少女は楽しそうに笑った。
「どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフー。まあわかるけどねぇ。ボクはこれ」
ロードが紙をヒラヒラと見せる。何の紙かはパッと見ではわからない。
「それ、何?」
「宿題。つまんないの」
よく見てみると一番上に「星空の観察」と書かれている。アレンには縁のないもので首をかしげる。
ロードは学校の宿題だよ、と口を尖らせた。
学校。アレンの年頃には縁が深く、アレンにとっては想像でしかない場所。たぶん、他の若いエクソシストにとっても。
もしかしなくても、エクソシストよりもずっとノアのほうが「普通の人間生活」を満喫しているようで、アレンはちょっと複雑な気持ちになった。
「つまりスケッチみたいなものですか?」
「うん。ほら」
そんな気持ちを振り払うように尋ねると、ぺらんと薄い紙が渡された。
真っ暗な空間にでかでかと浮かぶ魚。空を覆い隠して、星は申し訳程度。
思わず空を見上げ確認。やっぱり魚は見えるが、ロードの描いた魚よりもずっと小さい。星たちだって、まだ小さな光で自分の存在を主張している。
「夏の大三角を観察しろって言われたんだけど面倒くさくってさぁ」
「・・・・そのために魚を空に出現させた、なんて言いませんよね?」
「まっさかー。むしろ千年公は不完全なイノセンスの暴走ってふんでるけど。対象が遠すぎるのとスケールが大きすぎるから断定は出来ないみたいだけどねぇ」
「あれはイノセンスは関係ないみたいですよ。って、教団はあれは伯爵が世界の終焉に踏み切った可能性が一番高いって言ってるんですけど」
「・・・・・・ねえ、これって」
「お互いに想定外の事態ってわけですか・・・」
とにかく、はっきりしたことがひとつ。
出現したときからやっかいだった魚は、今この瞬間にもっとやっかいな存在になったということだ。
続きます。
空に突然巨大な魚が見えるようになったのは、ちょうど1週間くらい前のこと。
満天の星々の光をさえぎるように現れたそれは、だんだんと大きくなっていて、確実にこの星へ近づいているようだった。
もちろん怪奇には違いないし、それでなくともこんな事態を教団の優秀な科学班の人々が調べないわけがない。けれどそれによってわかったことは、どうやらイノセンスによる奇怪ではないらしいこと。それから、巨大な魚は宇宙をゆっくりと泳ぎ、計算が正しければあと3週間と少し、つまり魚が現れて1ヶ月で地球に激突するらしい。
けれどそんな事態にも関係無しにアクマは年中無休に活動中で、同じくエクソシストも年中無休でアクマを破壊しなければいけない。
そんなエクソシストのひとり、アレンは空を仰ぎ見た。
退魔の剣が左腕へと戻る。ところどころ傷のついた白いマントが、ざあっと風に煽られ消えていった。
今、空を見ればその姿を主張する魚がいることはわかっていたけれど、実際にそれを見てしまうとなんだか落胆した。
それでもじいっと見ていると魚がこっちを見た気がした。まだまだ消えてくれる気はないらしい。
アレンと魚の一方的な争いは、突然アレンが抱きつかれたことで終わりを迎えた。
「やっほーアレン! 何やってんのぉ」
「うわっ、ロード!」
背後から気配もなく抱きつかれ、慌てて衝撃にそなえる。
地面にぺたんと腰を降ろすと、ノアの少女は楽しそうに笑った。
「どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフー。まあわかるけどねぇ。ボクはこれ」
ロードが紙をヒラヒラと見せる。何の紙かはパッと見ではわからない。
「それ、何?」
「宿題。つまんないの」
よく見てみると一番上に「星空の観察」と書かれている。アレンには縁のないもので首をかしげる。
ロードは学校の宿題だよ、と口を尖らせた。
学校。アレンの年頃には縁が深く、アレンにとっては想像でしかない場所。たぶん、他の若いエクソシストにとっても。
もしかしなくても、エクソシストよりもずっとノアのほうが「普通の人間生活」を満喫しているようで、アレンはちょっと複雑な気持ちになった。
「つまりスケッチみたいなものですか?」
「うん。ほら」
そんな気持ちを振り払うように尋ねると、ぺらんと薄い紙が渡された。
真っ暗な空間にでかでかと浮かぶ魚。空を覆い隠して、星は申し訳程度。
思わず空を見上げ確認。やっぱり魚は見えるが、ロードの描いた魚よりもずっと小さい。星たちだって、まだ小さな光で自分の存在を主張している。
「夏の大三角を観察しろって言われたんだけど面倒くさくってさぁ」
「・・・・そのために魚を空に出現させた、なんて言いませんよね?」
「まっさかー。むしろ千年公は不完全なイノセンスの暴走ってふんでるけど。対象が遠すぎるのとスケールが大きすぎるから断定は出来ないみたいだけどねぇ」
「あれはイノセンスは関係ないみたいですよ。って、教団はあれは伯爵が世界の終焉に踏み切った可能性が一番高いって言ってるんですけど」
「・・・・・・ねえ、これって」
「お互いに想定外の事態ってわけですか・・・」
とにかく、はっきりしたことがひとつ。
出現したときからやっかいだった魚は、今この瞬間にもっとやっかいな存在になったということだ。
続きます。
窓から射しこむ月光に浮かぶ積み上げられた本の山に、新たに色あせた厚みのある本を乗せる。
とんとん、とラビはこった肩を叩いて大きく伸びをした。
長時間同じ体勢でいたからかパキポキとあちこちから大袈裟な音が鳴る。
「あー真っ暗。今何時さ」
「もうすぐ2時ですよ」
返事を期待していなかった問いに返ってきた答え。
いつのまにかランプを抱えたアレンが傍にやってきていた。
「こんばんはラビ。隣いいですか?」
「どーぞ。任務帰りでもないのにこんな時間まで起きてるなんて珍しいさ。眠れねえの?」
「いいえ。さっきまでぐっすりでした」
夕方からずっと。そう続けられ、そういえば夕飯時にリナリーからアレンを見なかったか聞かれたな、と思い出した。
「だったらお腹すいてんだろ。食堂はあっちだぞ」
「食堂にはもう行ってきました。僕のご飯が作ってあって。ジェリーさん大好きです」
「よかったなー」
「で、大浴場に向かおうとして」
「英国紳士さね」
「ティムは部屋で寝てるから起こしちゃかわいそうだし、そう思ったら迷うし。気がついたらこんな時間だし、で3時までここでラビと時間をつぶそうかなって」
「なんで3時までなんさ?」
「だってもうすぐ草木も眠る丑三つ時じゃないですか! 一番幽霊が出やすい時間だって昔師匠におどされました」
「アレン、エクソシストやってて幽霊が怖いんか?」
「・・・・・・ちょっと夢見が悪くて」
そう言ってアレンは黙り込んだ。
ランプに照らされた白い髪をぽんぽんと撫でてやり、話してみ、とお兄さんぶる。
おずおずとアレンは口を開いた。
「早朝、皆はまだ寝てるみたいで僕だけ起き上がるんです」
「廊下を歩いていたら、師匠みたいな仮面をつけた男の子に会って」
「おはようって挨拶したらおはようって返されて。でも教団にこんな子いたっけって思っていたら」
「男の子が突然僕の首を絞めて。そこで目が覚めました」
・・・・・怖っ。
「あー、うん。アレン。大丈夫、ただの夢さ」
「わかっているんですけど・・・」
あの仮面が・・・、と言われて、そっち?、と問い返す。
そのとき、コチッという音がやけに大きく響いた。
どこにあるかわからない時計の長針が12をさしたのだろう。そして短針は2をさして。
キィッとドアノブが回る音がした。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
トン、トン、と大人にしては軽い足音。
ゆっくりと近づいてきている。
暗闇の中で思わずラビとアレンは引っ付きあった。
トン、トン、トン
ピタッと止まった足音。
ランプがわずかに照らすぼやぼやした空間に、浮かぶ影は子供の背丈ほどの・・・。
「「うわああああああああっ!!」」
「なんじゃい騒々しいっ!」
叫び声に負けないブックマンの怒声が響き、ラビとアレンは思わず顔を見合わせた。
「びっくり、した・・・」
「まったくさ・・・」
ブックマンはいつまでたっても部屋に戻らない弟子の様子を見にやってきてくれたらしい。
半泣きになっている二人にお説教をして、フンと怒ったようにしている。
「大浴場は明日にしよう。な?」
「そうしましょう。あの、つきあってくださいね」
「もちろんさ」
それじゃおやすみーと言って別れる。
ラビは前を歩くブックマンの隣へ行く。
「ところでお前たち誰といたんじゃ?」
「へ? オレとアレンだろ」
「いやお前と小僧とその隣に。・・・さっき手を振っていたぞ?」
ラビは思わず歩みを止めた。
「じじい勘弁してくれさ・・・」
声変わりする前の少年のようなアルトの笑い声がかすかに聞こえた気がした。
* * * * *
私の見た怖い夢。首を軽く絞められてビックリして起きましたが力が強くなかったので驚かせたかっただけかもしれません。怖いのは苦手なので勘弁してほしいですが。
時系列としては初期あたり。孤城の吸血鬼編のビクビクしているかわいいイメージです。
とんとん、とラビはこった肩を叩いて大きく伸びをした。
長時間同じ体勢でいたからかパキポキとあちこちから大袈裟な音が鳴る。
「あー真っ暗。今何時さ」
「もうすぐ2時ですよ」
返事を期待していなかった問いに返ってきた答え。
いつのまにかランプを抱えたアレンが傍にやってきていた。
「こんばんはラビ。隣いいですか?」
「どーぞ。任務帰りでもないのにこんな時間まで起きてるなんて珍しいさ。眠れねえの?」
「いいえ。さっきまでぐっすりでした」
夕方からずっと。そう続けられ、そういえば夕飯時にリナリーからアレンを見なかったか聞かれたな、と思い出した。
「だったらお腹すいてんだろ。食堂はあっちだぞ」
「食堂にはもう行ってきました。僕のご飯が作ってあって。ジェリーさん大好きです」
「よかったなー」
「で、大浴場に向かおうとして」
「英国紳士さね」
「ティムは部屋で寝てるから起こしちゃかわいそうだし、そう思ったら迷うし。気がついたらこんな時間だし、で3時までここでラビと時間をつぶそうかなって」
「なんで3時までなんさ?」
「だってもうすぐ草木も眠る丑三つ時じゃないですか! 一番幽霊が出やすい時間だって昔師匠におどされました」
「アレン、エクソシストやってて幽霊が怖いんか?」
「・・・・・・ちょっと夢見が悪くて」
そう言ってアレンは黙り込んだ。
ランプに照らされた白い髪をぽんぽんと撫でてやり、話してみ、とお兄さんぶる。
おずおずとアレンは口を開いた。
「早朝、皆はまだ寝てるみたいで僕だけ起き上がるんです」
「廊下を歩いていたら、師匠みたいな仮面をつけた男の子に会って」
「おはようって挨拶したらおはようって返されて。でも教団にこんな子いたっけって思っていたら」
「男の子が突然僕の首を絞めて。そこで目が覚めました」
・・・・・怖っ。
「あー、うん。アレン。大丈夫、ただの夢さ」
「わかっているんですけど・・・」
あの仮面が・・・、と言われて、そっち?、と問い返す。
そのとき、コチッという音がやけに大きく響いた。
どこにあるかわからない時計の長針が12をさしたのだろう。そして短針は2をさして。
キィッとドアノブが回る音がした。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
トン、トン、と大人にしては軽い足音。
ゆっくりと近づいてきている。
暗闇の中で思わずラビとアレンは引っ付きあった。
トン、トン、トン
ピタッと止まった足音。
ランプがわずかに照らすぼやぼやした空間に、浮かぶ影は子供の背丈ほどの・・・。
「「うわああああああああっ!!」」
「なんじゃい騒々しいっ!」
叫び声に負けないブックマンの怒声が響き、ラビとアレンは思わず顔を見合わせた。
「びっくり、した・・・」
「まったくさ・・・」
ブックマンはいつまでたっても部屋に戻らない弟子の様子を見にやってきてくれたらしい。
半泣きになっている二人にお説教をして、フンと怒ったようにしている。
「大浴場は明日にしよう。な?」
「そうしましょう。あの、つきあってくださいね」
「もちろんさ」
それじゃおやすみーと言って別れる。
ラビは前を歩くブックマンの隣へ行く。
「ところでお前たち誰といたんじゃ?」
「へ? オレとアレンだろ」
「いやお前と小僧とその隣に。・・・さっき手を振っていたぞ?」
ラビは思わず歩みを止めた。
「じじい勘弁してくれさ・・・」
声変わりする前の少年のようなアルトの笑い声がかすかに聞こえた気がした。
* * * * *
私の見た怖い夢。首を軽く絞められてビックリして起きましたが力が強くなかったので驚かせたかっただけかもしれません。怖いのは苦手なので勘弁してほしいですが。
時系列としては初期あたり。孤城の吸血鬼編のビクビクしているかわいいイメージです。
職業柄今まで数えるのも馬鹿らしいほど奇怪というものに遭遇してきたけれど。
アレンはもう一度目をこすって、ある人物を凝視した。
同僚の頭にウサ耳が生えていた場合、どう反応すればいいんだろう。
「おかえりなさいアレンくん」
「ただいまリナリー。ところであれはなんですか」
「ラビだけど?」
「いやラビじゃなくて、その頭に生えているもの」
もしかしてあれはリナリーには見えていないのかもしれない。僕が疲れているだけかも。そうだったらどれだけよかっただろう。
アレンの思いもむなしく、リナリーはポンと手を打った。
「ちょっと不幸な事故で・・・」
さかのぼること半日前、ラビは後の災難も知らずに科学班へ呼ばれていった。
ラビの知識というデータバンクのすごさはアレンも知っている。今回もそのことで力を貸すはずだった。何の変哲もない出来事だった。
けれどめまいを起こして倒れたジョニーを助けようとしてラビは棚にぶつかり、科学班作の薬が棚からラビの頭をめがけて落ちてきた。
そして今にいたる。
「それでウサ耳・・・」
「棚に無造作に置いておいた薬だから無害とわかっていたけど、リーバー班長はしきりに謝っていて」
「でも解毒剤か何かあるんですよね?」
「一日で効果はなくなるみたい。ブックマンは髪が残ってよかったな、って」
そういえばブックマンもウサ耳の被害にあったことがあった。
話しながらラビのほうへ近づいていくと、ラビの明るい髪の間から天に向かって伸びる長い耳がピクッと動いた。
「アレン、帰ってきたんさね。ホクロふたつも」
「はい。ラビは災難だったね」
アレンがいうとラビはあからさまに落ち込んだ。同時にウサ耳も垂れる。
あ、かわいい。アレンとリナリーは同じことを思って、でも口にしないであげた。
「リナリー、室長がー!」
「はーい! まったく、兄さんってば!
・・・本当にごめんねラビ。大丈夫、変じゃないよ」
似合ってる、と言わなかったのはリナリーの優しさか。
リナリーは慌しく科学班へ駆けていった。
ラビは男として情けなくなったのかしょげてしまっている。
アレンはどうフォローしようか考えて、困って後ろに控えているリンクを見ると、リンクもなんともいえない顔をしている。
とりあえず頭を撫でてあげることにした。
「よしよし」
「・・・アレンさ、最近オレのことお兄さんって思ってないだろ」
「えーそんなことないですよー」
ラビの不服そうな言葉や表情と裏腹に、ピクピク動く長い耳。
柔らかな毛で覆われた耳に衝動的に手を伸ばした。
ふに。
「うわっ」
ラビの驚く声を聞きながら、かまわずアレンは耳を弄くる。ほわほわな毛と、不思議な温度の感触。
ラビは背が高いから手を伸ばして。なかなか気持ちいい手触りになんだか和んだ。
「アレン?」
「なんか和む・・・」
「それ褒め言葉? なんか微妙なんだけど」
「もうラビ、全身ウサギになっちゃえばよかったのに」
「ええっ」
あたふたするラビを横目で見ながら、ふにふに、耳を撫でる。
ウサ耳が消えるまで、後半日。
またときどきなってみてくださいね!と笑顔で言われたラビが悩むのも、半日が過ぎたころのこと。
* * * * *
王道を書こう!と思い至ったらこんな話に。王道? 科学班の薬で~、は王道と言えなくもないですが。
アレンが久しぶりに子供らしい全開の笑顔で頼んできたのでラビは断わりきれなかったみたいです。
それにしてもリンクの空気っぷりが異常・・・。
※例のごとく過去捏造ですよ。
マナとアレンは基本的には二人だけで旅をし、大道芸で稼ぎ、命を繋ぐ生活だったけれど、ときどき行きずりでサーカス団に混ざることもあった。
マナに引き取られて、とげとげしい性格も丸くなってきたアレン。そのアレンにとって因縁の場所である「サーカス」は二人を好意的に受け入れてくれた。
ここでのアレンの仕事は主に動物の世話。それから雑用。
やっていることはあのころと同じでも幼いアレンに対してもお礼を言ってくれるこの場所で、アレンは他人に対してもよく笑うようになってきた。
その様子をマナはどこか寂しそうに、けれど微笑ましそうに見守っていた。
その日の食事はホットケーキ。
食べ盛りなのにごめんね、と気のいいおばさんはホットケーキに何かをかけてくれた。
ランプの灯りに反射してきらめく、とろっとした液体。
指ですくって舐めてみると信じられないくらい甘くて。目を見開いて素直に驚くアレンに周りの大人たちは笑う。
それはメープルシロップというらしい。
道端で咲いていた鮮やかな赤の小さな花の蜜を吸ったときも甘かったけれど、量があるせいかメープルシロップのほうがすっと甘くかんじる。
何かの花の蜜をたくさんたくさん集めて作ったのかもしれない。
瞳を輝かせて夢中になって食べるアレンを見守る目はどこまでも優しい。
その中にわずかな切なさを見つけて、アレンは思わず手を止めた。
―――マナ、
―――?
思わず呼びかけたけれど、マナは気のせいだったのかと思うくらいニコニコと笑っている。
なんでもない。とっさに口にして、再びホットケーキをほおばる。
やっぱりそれは甘かった。
マナとの二人旅は贅沢なんてかけらも出来ない。アレンがまだ自分で稼ぐことが出来ないのもあるのかもしれないけれど、生活は厳しかった。もちろん夢のように甘いお菓子、なんてそれこそ夢でしかない。
もしかしたら、マナはそれを気にしたのかもしれなかった。
気にすることなんてないのに。
どんなに生活が厳しくても、アレンはマナとの二人旅が好きだった。ここのサーカスで暮らすよりも。
そりゃ甘いものは大好きだけど、甘いものを手にする代わりにマナを失うのはなんだかとても怖い考えだと思った。
アレンはマナをちょいちょいと手招きすると、おもむろにたっぷりのメープルシロップがかかったホットケーキをマナの口につっこんだ。
―――おいしい?
周りが目を見張る中、アレンは悪戯っ子の笑みでそれだけ聞いた。マナがうなずくのを見て、歯を見せて笑う。
はんぶんこ、と言えば。マナもにっこりと満面の笑みを浮かべた。
季節は移り変わって、秋。
アレンもジャグリングや玉乗りを習い、小さな大道芸人としてマナと並んで立てるようになってきた。
アレンの髪を遊ばせる風もひやりと冷たくなってきた。少し頬を赤くさせるアレンにマナはコートを買おうかと提案して、どこにそんなお金があるんだ、としばらく押し問答する。
秋になれば、木々はゆるやかにその色を変えて見る人の目を楽しませる。柔らかな緑の葉がだんだんと色づいていく様子は確かに綺麗だと思った。
そろそろ銀杏が落ちるころ。匂いがきついけれど一週間も土の下で眠らせておけば食べごろ。
ドングリは集めて水につけて。水に浮いたのは駄目。アクも出やすいやつと少ないやつがあるって前に聞いた。後でもう一度マナに聞こう。
マナが思いついたようにある1本の木の前で立ち止まった。
真紅の葉を枝いっぱいにかかえて、燃えているみたい。
その木の名前を知っているか、とマナはアレンに尋ねた。アレンは首を振る。
―――メープル。
その名前にアレンは思わず木をまじまじと見つめた。
舌にいつかのメープルシロップの味がよみがえってきた。
ずっと花の蜜だと思っていたメープルは、どこからどうみても立派な樹だった。
その樹皮は甘いのかと好奇心がもたげる。
その考えをマナも面白そうに聞いていたけれど、結局実行しようというところで通りがかった神父さんらしき人に、お腹がすいているならこれを食べなさいとパンを手渡されて、結果はわからず終いだった。
パンをもそもそと食べながら、燃えているような真紅の葉を見上げる。
吹いてきた風が葉をひらひらと落とした。
ミトンに覆われた左手で、反射的に受け止める。
綺麗ですね、とマナが言った。それにアレンは、うんと頷く。
―――この葉を、赤ちゃんの手と例える国もあるんですよ。
―――へえ。
小さくて真っ赤な葉っぱ。木の中にはびっくりするような甘さを蓄えている。
ぴったりだと、思った。
―――でも僕は、
―――?
―――アレンの左手にそっくりだと、思います。
―――・・・・・・。
もう一度、手の中の小さな葉をじっくりと見る。
しわしわで血のように赤い葉を、もう綺麗だとは思えなくなってしまった。
思わず力をこめてくしゃくしゃに崩し、地面へと降らせてしまう。
少し恨めしく思いながらマナへと視線を移すと、マナは優しい手つきでアレンの左手に触れ、ミトンを外した。
―――綺麗だと思いますよ。
マナの視線はひらひらと葉を落とす木へ注がれていて、アレンはうつむいて足元に落ちている真紅の葉と、先ほど散らせてしまった葉の残骸を見つめた。
お腹でも痛いんですか?とズレたことを聞いてくる養い親に、アレンはうるさいとだけ返した。
あのころ夢の食べ物だったものたちが目の前に所狭しと並んでいる。
「ジェリーさん今日も最高ですっ!」
「あらん、そんなこと言われると張り切っちゃうわ~」
数々のデザートが今日もアレンの目の前で「早く食べて」と言わんばかりに輝いている。
幸せそうにそれらを見つめるアレンと対照的に、通りがかった神田は至極嫌そうに眉を眇めたけれどそれは無視した。
いただきます、の言葉を合図にしっかり味わいつつも信じられない速度で山のようなデザートを減らしていく。
あっという間に最後になった特大パフェのヨーグルトに蜜色の液体がかかっているのに気付いて手を止めた。
「あら、アレンちゃんメープルシロップ苦手だったかしら?」
「いえ大好きです! ただ懐かしいなって」
口に入れればいつかの記憶が鮮明に思い出せた。
あの日恐れたように、意図せずとも結果的にマナを喪って甘いものを手にすることとなった。
口の中はあの日と同じ甘い味と香りであふれている。
「アレン相変わらずすごい量さねー」
ほんのちょっぴり切ない気持ちになったところで、ラビがいつものようにちょっかいをかけに来た。
「あげませんよ」
「つつしんで遠慮させてもらうさ」
ラビはアレンの正面に座ると食器をずらしてアレンをニコニコと見つめた。
食べにくいですとこぼしていると、科学班が一段落着いたらしいリナリーがやってきた。
たしかにあのころ手にしていたものは壊れてしまったけれど。
「アレンくんって食べていると本当にしあわせそうな顔するよね」
「それはオレも思う」
「だってしあわせなんです」
まだ寂しさはどこか消えなくても、今がしあわせだと思えたから。
そう言えばマナも笑っていてくれる気がした。
メープルの甘い香りが風に乗ってふわりと広がった。
* * * * *
途中、秋の描写について考えて、銀杏とドングリの調理法が出てきた私はもう駄目だと思いました。
そのまま書いちゃいましたけどあとで直そうかな。
マナ絡みで珍しくまったりほのぼの風味。マナは天然たらしだと思うんです。(何の主張?)
楓の花言葉は「非凡な才能」「遠慮」あたりが有名ですが、「大切な思い出」というのもあるみたいです。
マナとアレンは基本的には二人だけで旅をし、大道芸で稼ぎ、命を繋ぐ生活だったけれど、ときどき行きずりでサーカス団に混ざることもあった。
マナに引き取られて、とげとげしい性格も丸くなってきたアレン。そのアレンにとって因縁の場所である「サーカス」は二人を好意的に受け入れてくれた。
ここでのアレンの仕事は主に動物の世話。それから雑用。
やっていることはあのころと同じでも幼いアレンに対してもお礼を言ってくれるこの場所で、アレンは他人に対してもよく笑うようになってきた。
その様子をマナはどこか寂しそうに、けれど微笑ましそうに見守っていた。
その日の食事はホットケーキ。
食べ盛りなのにごめんね、と気のいいおばさんはホットケーキに何かをかけてくれた。
ランプの灯りに反射してきらめく、とろっとした液体。
指ですくって舐めてみると信じられないくらい甘くて。目を見開いて素直に驚くアレンに周りの大人たちは笑う。
それはメープルシロップというらしい。
道端で咲いていた鮮やかな赤の小さな花の蜜を吸ったときも甘かったけれど、量があるせいかメープルシロップのほうがすっと甘くかんじる。
何かの花の蜜をたくさんたくさん集めて作ったのかもしれない。
瞳を輝かせて夢中になって食べるアレンを見守る目はどこまでも優しい。
その中にわずかな切なさを見つけて、アレンは思わず手を止めた。
―――マナ、
―――?
思わず呼びかけたけれど、マナは気のせいだったのかと思うくらいニコニコと笑っている。
なんでもない。とっさに口にして、再びホットケーキをほおばる。
やっぱりそれは甘かった。
マナとの二人旅は贅沢なんてかけらも出来ない。アレンがまだ自分で稼ぐことが出来ないのもあるのかもしれないけれど、生活は厳しかった。もちろん夢のように甘いお菓子、なんてそれこそ夢でしかない。
もしかしたら、マナはそれを気にしたのかもしれなかった。
気にすることなんてないのに。
どんなに生活が厳しくても、アレンはマナとの二人旅が好きだった。ここのサーカスで暮らすよりも。
そりゃ甘いものは大好きだけど、甘いものを手にする代わりにマナを失うのはなんだかとても怖い考えだと思った。
アレンはマナをちょいちょいと手招きすると、おもむろにたっぷりのメープルシロップがかかったホットケーキをマナの口につっこんだ。
―――おいしい?
周りが目を見張る中、アレンは悪戯っ子の笑みでそれだけ聞いた。マナがうなずくのを見て、歯を見せて笑う。
はんぶんこ、と言えば。マナもにっこりと満面の笑みを浮かべた。
季節は移り変わって、秋。
アレンもジャグリングや玉乗りを習い、小さな大道芸人としてマナと並んで立てるようになってきた。
アレンの髪を遊ばせる風もひやりと冷たくなってきた。少し頬を赤くさせるアレンにマナはコートを買おうかと提案して、どこにそんなお金があるんだ、としばらく押し問答する。
秋になれば、木々はゆるやかにその色を変えて見る人の目を楽しませる。柔らかな緑の葉がだんだんと色づいていく様子は確かに綺麗だと思った。
そろそろ銀杏が落ちるころ。匂いがきついけれど一週間も土の下で眠らせておけば食べごろ。
ドングリは集めて水につけて。水に浮いたのは駄目。アクも出やすいやつと少ないやつがあるって前に聞いた。後でもう一度マナに聞こう。
マナが思いついたようにある1本の木の前で立ち止まった。
真紅の葉を枝いっぱいにかかえて、燃えているみたい。
その木の名前を知っているか、とマナはアレンに尋ねた。アレンは首を振る。
―――メープル。
その名前にアレンは思わず木をまじまじと見つめた。
舌にいつかのメープルシロップの味がよみがえってきた。
ずっと花の蜜だと思っていたメープルは、どこからどうみても立派な樹だった。
その樹皮は甘いのかと好奇心がもたげる。
その考えをマナも面白そうに聞いていたけれど、結局実行しようというところで通りがかった神父さんらしき人に、お腹がすいているならこれを食べなさいとパンを手渡されて、結果はわからず終いだった。
パンをもそもそと食べながら、燃えているような真紅の葉を見上げる。
吹いてきた風が葉をひらひらと落とした。
ミトンに覆われた左手で、反射的に受け止める。
綺麗ですね、とマナが言った。それにアレンは、うんと頷く。
―――この葉を、赤ちゃんの手と例える国もあるんですよ。
―――へえ。
小さくて真っ赤な葉っぱ。木の中にはびっくりするような甘さを蓄えている。
ぴったりだと、思った。
―――でも僕は、
―――?
―――アレンの左手にそっくりだと、思います。
―――・・・・・・。
もう一度、手の中の小さな葉をじっくりと見る。
しわしわで血のように赤い葉を、もう綺麗だとは思えなくなってしまった。
思わず力をこめてくしゃくしゃに崩し、地面へと降らせてしまう。
少し恨めしく思いながらマナへと視線を移すと、マナは優しい手つきでアレンの左手に触れ、ミトンを外した。
―――綺麗だと思いますよ。
マナの視線はひらひらと葉を落とす木へ注がれていて、アレンはうつむいて足元に落ちている真紅の葉と、先ほど散らせてしまった葉の残骸を見つめた。
お腹でも痛いんですか?とズレたことを聞いてくる養い親に、アレンはうるさいとだけ返した。
あのころ夢の食べ物だったものたちが目の前に所狭しと並んでいる。
「ジェリーさん今日も最高ですっ!」
「あらん、そんなこと言われると張り切っちゃうわ~」
数々のデザートが今日もアレンの目の前で「早く食べて」と言わんばかりに輝いている。
幸せそうにそれらを見つめるアレンと対照的に、通りがかった神田は至極嫌そうに眉を眇めたけれどそれは無視した。
いただきます、の言葉を合図にしっかり味わいつつも信じられない速度で山のようなデザートを減らしていく。
あっという間に最後になった特大パフェのヨーグルトに蜜色の液体がかかっているのに気付いて手を止めた。
「あら、アレンちゃんメープルシロップ苦手だったかしら?」
「いえ大好きです! ただ懐かしいなって」
口に入れればいつかの記憶が鮮明に思い出せた。
あの日恐れたように、意図せずとも結果的にマナを喪って甘いものを手にすることとなった。
口の中はあの日と同じ甘い味と香りであふれている。
「アレン相変わらずすごい量さねー」
ほんのちょっぴり切ない気持ちになったところで、ラビがいつものようにちょっかいをかけに来た。
「あげませんよ」
「つつしんで遠慮させてもらうさ」
ラビはアレンの正面に座ると食器をずらしてアレンをニコニコと見つめた。
食べにくいですとこぼしていると、科学班が一段落着いたらしいリナリーがやってきた。
たしかにあのころ手にしていたものは壊れてしまったけれど。
「アレンくんって食べていると本当にしあわせそうな顔するよね」
「それはオレも思う」
「だってしあわせなんです」
まだ寂しさはどこか消えなくても、今がしあわせだと思えたから。
そう言えばマナも笑っていてくれる気がした。
メープルの甘い香りが風に乗ってふわりと広がった。
* * * * *
途中、秋の描写について考えて、銀杏とドングリの調理法が出てきた私はもう駄目だと思いました。
そのまま書いちゃいましたけどあとで直そうかな。
マナ絡みで珍しくまったりほのぼの風味。マナは天然たらしだと思うんです。(何の主張?)
楓の花言葉は「非凡な才能」「遠慮」あたりが有名ですが、「大切な思い出」というのもあるみたいです。